演劇豆知識

歌舞伎を観るとき、いちばん「わから~ん」となってしまうのが「舞踊」
三味線や長唄も どんなのが「良い音」なのやら
リズムはどんなんなっとんのやら
そして 何が表現されているのやら

考えれば考えるほどわからない
そりゃそう
観て感じて愉しむものなのだから

市川猿之助の言葉「静のなかの動」と「動のなかの静」

「暫く!!」などにあるように、とくに荒事や「ココ注目!」というとき
「見得」というストップモーションをとる
荒ぶるドンドコドンがMAXになったとき、
それまでの大暴れがクァァァァッとストップモーションになる
これが映画や映像でいうところの「アップ」のカットのように
観客の目を釘付けにするものなのだが
役者側においてその「釘付けにする」仕掛けはこうだ
それまで四方八方にドンドコドンドコ大暴れしながら飛ばしまくっていた、
「気」というエネルギーを、その波打つドンドコそのままに
ストップモーションすることにより体内にグォォォォォッとため込み
気迫だけをズドバーンッと投げるのだ
つまり体は「静」なのだが、体内は血は逆巻きグルグルMAX動いている
それが「静のなかの動」

それに対する「動のなかの静」が肝要となるのが「舞踊」
ひとつひとつの所作(仕草や振り)が
まるで水が流れるように、風でなびくように、美しいのが「舞」であるが
実はその所作ひとつひとつに、レイコンマ数秒の「止め」がキチッとないと
ほんとに所作は流れてしまい、美しくはならない
「ココッ」「ココッ」というところでパシッと止めて
しかもまるで止まることがないかのようなしなやかさを保つためには
強靭な筋肉と体力と指先まで神経の通った細やかさと集中力が肝要
とくに衣裳や小道具に気を遣う舞踊において いちばん崩れやすいのは足元 
足のつま先のちょっとした向きで、舞踊はとても表情を変える
そして足元がぐらついていては、パシッとした「静」が作り出せないのだから

先代坂田藤十郎のことば
「身ぶりとて 作りてするにあらず 身ぶりはこころの余りにして」
三味線と長唄の表情をよく聴き取り、
情感をたっぷりこめること
仕草というのは故意に作って動かすものではなく、
その情感が指先から溢れて表情を持ったもののことである
「京鹿子娘道成寺」の「恋のてならい」はまさにそれそのままである

歌舞伎の演技指導で「これ、現代劇にないなぁ」とよく思うのは
「重心」のこと
女形は、片方の肩をグッと落として片ひざを曲げ、腰を反対側へずらして立つ
しかも衣裳は重い
ヘルニア持ちなら一発でヤラレそうな姿勢だ
男とて、侍と商人と百姓では立ち方から違う
世話物・時代物などいわゆる「おはなし」のほうでもそうだが
舞踊においては、それが表情の肝である
尾上菊五郎「達陀」においての、34人の坊主の群舞のなかで
菊五郎が抜きん出た圧倒感や力強さがあるように見えるのは
彼の重心の「芯」の太さと、芯がぶれない重量感だ
どんなに激しく舞っても、まったく芯がぶれることがない
いつも重々しくズドンと気を張っている
34坊主も力強く腕を振り体を揺すって地を踏み鳴らしているが
菊五郎丈の芯の太さと指先そして全身から迸るエネルギーは絶対的だ

舞踊は考えずに観るものではありますが
ちょっとだけ注目しながら観ると、ちょっといいかも


  • プロフィール

  • クロキカオリ
    1974.5.4生まれ 福岡在住
    カフェや店舗など空間とヒトで仕掛ける「ワルダクミ職人」
    芝居・コント・音楽・リーディング・おみくじ・誕生日サプライズ・・・ウヒヒでグフフなこと、思いつけばなんでも。
    企画/脚本/演出/制作/音響/照明/
    モットー:思い立ちながらもう行動!

    座右の銘:「身ぶりはここのあまりにして」
    坂田藤十郎

    【THEATRE SONES】(since2000)
     企画・プロデュース
    【anti-couple】(since2005)
     企画・脚本・演出・プロデュース
    【タイガージェットフィスト】
    制作(since2008)

  • favorites

  • Dalahast cafe
  • cafe SONES
  • ミリバール
  • DAN
  • グレコローマンスタイル
  • 劇団自由派DNA
  • 『贅沢女と嘴男』2008.5.17-18
  •  
  • Feed

  • RSS